トムラウシ山(2012年8月14日)

トムラウシ山短縮口→トムラウシ山往復

短い夏休みを利用してトムラウシ山登山を計画した。天気はひどい大雨だったが翌日は晴れとの予報に望みをかけた。今日はトムラウシ温泉に車中泊して、明日短縮口から登山開始の予定だ。
細君の実家の旭川を12時前に出発し家族にしばしの別れをつげ、糠平経由で3-4時間かかってやっとのことで新得についた。ここでは一つやっておきたいことがあった。実はこの日、8月13日は月曜日だったから郵便局があいている。17時までに新得町の屈足(くったり)郵便局で風景印を押してもらいたかったのだ。
早速立ち寄った屈足局でカモメールはがきを購入して、気さくなお姉さんに風景印を押してもらった。屈足局の風景印の図柄はトムラウシ山、ナキウサギ、高山植物である。。実に素晴らしいデザインだ。ちなみに北海道の郵便局でトムラウシを図柄にしているのはおそらくこの郵便局しかない。ナキウサギを図柄にしているのは屈足局のほか、旭川末広局、ぬかびら源泉郷局などがあると思う。

新得町屈足はトムラウシ温泉からもっとも近いとはいえ、距離にして実に50km近くも離れている。しかもその間ガソリンスタンドはない。携帯もほとんどつながらないから、途中で運転操作をミスして路肩にはまったりしても助けを呼ぶ術もない。本当にここから先が登山の始まりといっても過言ではない。
何もない道すがら、富村牛小中学校の近くだけ一時的に携帯がつながった。

トムラウシ温泉への道は途中からダートに変わる。道はそれほど走行に苦労はしないものの雨量が多いときは通行止めになるのだとか。こんなに雨が多い日だったからいつ通行止めになってもおかしくなかった。っていうか、全国に数ある温泉のなかでも、こんな辺鄙な場所にあるところはおそらくないだろう。

何にもない道をひたすら走っていくと、突然大きな建物が現れる。それが国民宿舎東大雪荘だ。日帰り入浴500円とのことだからもちろん湯に浸かって、大してかいていない汗を流すことにした(笑)。それにしてもここの泉質は最高だった。硫黄泉でないのは確かだが成分は調べていない(笑)。とにかく肌がすべすべになる感じだ。ここはトムラウシ山の登山口でもあるため夏時期は満室で半年前から予約が殺到という話を聞いていたのだが、客はほとんどいないように見受けられた。それなら空室を聞いて泊まってもよいかなとも思ったが、まさか家族を置いて一人だけ優雅に泊まるわけにもいくまい(笑)。やっぱり車中泊にした(笑)。
旅館の客室から大浴場に向かう廊下に、「山の情報板」というホワイトボードがあった。それをみると、カムイ天上からコマドリ沢までの道がぬかるみでひどいのだという。数日前でさえそうなのだから、今豪雨が降っているこの状況下では明日晴れたとしても相当の覚悟が必要だろう・・・と思いつつ、車の中で眠りについた。

【登山開始】

翌朝目を覚ますとあれほどひどかった雨はすでに上がっていて雲間から月も見えていた。携帯で早速天気予報を確認すると晴れの予報だった。ちなみにこの東大雪荘付近は昨年やっと携帯が開通したばかりだそうだ。といっても周囲2kmまでだそうだから、いまさらながら携帯電話の便利さを感じざるを得ない。
東大雪荘から短縮口までの道のりは約8km。しかし相変わらず道が悪いので時間にすると約20分かかってしまう。ここに車を止めて登山開始だ。

短縮口から登ってしばらくして温泉からの登山道と合流する。短縮口からの行程は温泉から登るよりも1時間以上の時間短縮が可能とのことで現在はここから登る人が圧倒的に多いという。

1時間ほど快適な山道を歩いたがここまで誰とも出会うことがなかった。前方や後方を歩く人の熊鈴の音も聞こえない。ましてや鳥の鳴き声も聞こえない。僕はヒグマに遭遇しないか少し恐怖感を覚えながら登っていた。実は前々日、東大雪荘の入り口で小熊の目撃情報があったのである。これはまさに親熊が近くにいるという事実を示しているに他ならない。熊鈴を威勢よく鳴らしながら1時間ほど登るとカムイ天上にでた。

カムイ天上では携帯電話の通話が可能とのことだったが、さすがS社のiPhone。つながるはずもなし(2012年8月現在)。それ以外ではいいスマホなんだけどね(笑)。

そこからコマドリ沢までの山道は延々と続くぬかるみであった。まさに昨日、東大雪荘での掲示板の通りである。しかも今朝までの豪雨によって状況はますますひどくなっていたと思われる。泥んこ道を重いザックを背負って歩いていると前方の笹薮の向こうに十勝岳連峰が見渡せた。一番左の三角形の山は下ホロカメットク山だ。

コマドリ沢までのぬかるみでは想像以上に体力を消耗した。ここまでは尾根づたいの道の後、急な下り坂となるがコマドリ沢分岐からはまた長い登りとなった。
コマドリ沢分岐で初めて人に出会って少し安心したのは言うまでもない。

【コマドリ沢から前トム平へ】

コマドリ沢の登りから下方を振り返る。

途中で、黄色い花が咲いていた。エゾウサギギクであろうか。

コマドリ沢を登りきると道は右側にそれて前トム平に向かう。

前トム平についたときには疲労がたまってきており、すでに登山口から4時間が経過していた。北海道新聞社の「北海道夏山ガイド」によると短縮口から山頂までは約5時間と書かれていたので、あと1時間で山頂に着くはず・・・。ぬかるみで時間を取られたとしても、山頂まではあとわずかだろう・・・。そう思いながら右前方を見やるとなぜか山頂がはるかかなたに見える。まさかと思い地図を広げると前トム平から山頂までの参考タイムはあと2時間半と書かれていた。ここからさらに2時間半・・・しかもこれからさらに登りは急になる。やや呆然としたが(笑)、目の前にトムラウシ山の山頂を見て登頂意欲がかき立てられたのは言うまでもなかった。

そして後ろを振り返ると、ツリガネ山から続く稜線の彼方に十勝岳連峰の姿が見え始めていた。

【ナキウサギとの出会い】

前トム平からすこし登るとガレ場にでる。そこではいたるところからナキウサギの、あの「ピチーッ」という声が響いていた。その声がするたびに目を凝らしてみるがなかなか姿を見ることは出来ない。
時間を食うわけにもいかないのでキョロキョロしながら登っていたら、前方に青いTシャツの男性(以下、青シャツさん)が立ち止まっていた。青シャツさんは手に双眼鏡を持ちながら、こっちをむいて「シーッ!」と人差し指を口の前に立てた。
ナキウサギだ!
このトムラウシでナキウサギの姿を見れて僕はうれしかった。もう少し近くに来ないかなぁと腕を組んで待っていたら、のんびりした僕の姿を見た青シャツさんが「一眼レフ持ってるならカメラを構えた方がいいですよ!」と囁いた。おおそうだ、写真を撮るのを忘れていた(笑)。僕はナキウサギを驚かせないように静かにポケットから望遠レンズを取り出して、その愛らしい姿を撮らせてもらった。そのとき下方から、某有名バイオリニストに似た髭の男性がひぃひぃ言いながら登ってきた。その男性(以下、葉加瀬さん、もちろん仮名)はナキウサギの姿を見つけるやいなや急いでカメラを取り出していたがその間にナキウサギは逃げてしまった。葉加瀬さんはひどく落胆していた。そして「これだからペン○ックスのカメラは駄目なんだ。」とカメラに八つ当たりしていた(笑)。

ガレ場からさらに歩を進めていくと、また開けた場所に出た。ここで突然何もさえぎるものがなくなって風が強くなり、立っているのさえ大変な状況になってしまった。これまでTシャツ一枚でも暑いと感じていたのが一変して寒さに変わった。僕は帽子を飛ばされないように押さえながらザックをおろして上着を羽織った。そしてこのとき、僕は感じていた。もしかしたらこの強風は眼前の大雪山へ足を踏み入れるために、目に見えない門番が入山審査をしているのではなかろうかと。ナキウサギは彼らの使いなのかもしれないと・・・。

【トムラウシ公園の絶景】

しばらく岩の上を飛ぶように登ったとき、一気に視界が開け、眼下にはトムラウシ山頂から続く南斜面の全貌と点在する池沼と奇岩が姿を現した!
ああ・・・、これだ・・・。
初めてこの目で見たトムラウシ公園だった。
大げさかもしれないけど、僕は目の前に広がる絶景に涙をこらえることができなかった。

眼下に点在する奇岩の織り成す造形。

標高2,000メートルの楽園・・・。

しばらくの下りの後、トムラウシ公園に降り立った。

【トムラウシ山頂へ】

一旦トムラウシ公園に下るとその後はさらに登りが続く。南沼キャンプ指定地を左に望みながら左後方を見ると十勝岳連峰がくっきりとその全貌を見せていた。中央の小さくとがった山が主峰十勝岳、右手前の秀峰はオプタテシケだ。ご存知の通り、トムラウシ山から十勝岳までは稜線を通って縦走することができるがその道のりは容易ではない。前方を歩いていた男性は「こうやって見ると近くに見えるんだけどなぁ・・・」と感慨深げに目を細めていた。


最後の一番キツイ登りの後、ついに山頂に立った!

山頂には十数人の登山客が休んでいた。山頂はまだ風が強かった。山頂から十勝岳連峰を望む。

双耳峰の斜面の向こうに表大雪の山々を望むことができた。本当はここからヒサゴ沼まで下って一泊予定であったが、今回は思うところあってそのまま下山することに決めた。

下山の道すがら、空腹を満たすべくザックからオレオを取り出すと、袋がパンパンに膨らんでいた(笑)。いまにも破裂しそうだ。

風に揺れるチングルマはすでに綿毛となり、これから訪れる秋を予感させていた。

登山道を彩るウラシマツツジはもう紅葉が始まっていた。あたかも、また秋に登りに来なさいと話しかけているように・・・。
あと1ヶ月もすれば美しい紅(くれない)の絨毯を魅せてくれるに違いない。

下山途中で見かけた白い花はタカネトウウチソウ。

下山途中で左前方を見ると、トムラウシ公園のはるか彼方に、幌尻岳を筆頭にそびえる日高山脈の山々が見えた。

トムラウシ公園の奇岩。

再び岩の合間を縫って登り詰めると、目の前には先ほど歩いてきた前トム平のなだらかな景色が広がっていた。これから長ーい道のりを折り返してようやく帰路につく。

札幌で待っててくれる家族の笑顔が頭に浮かんだ。

(トムラウシ山 2012年8月14日)
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